外資系投資会社などを経て、82年に米国系VC創設に参画した。
85年の英 S グループとの合弁会社設立を経て、01年に NK 銀行出身でNK証券執行役員などを歴任したK が合流した。 02年には両氏が代表として運営する体制が出来上がった。
M がVCとして長年培ったノウハウと、K が NK 銀行時代に積み上げた産業金融の経験。 2つを融合して案件に取り組み始めたのだ。
しかし04年9月になってMKSに大きな動きがあった。 K が代表を辞任し、MKSから離脱したのだ。
K には投資先の欧米の航空機・自動車部品メーカーなどを新規取引先として紹介した。 こうした姿勢が評価され、2003年末に組成した500億円の日本企業向けファンドでは60%を国内の機関投資家が出資した。
百貨店で品質を評価する声が高く、技術力はある。 靴下などの需要自体もなくならないはず。

F の誤った仕事のやり方を変えれば再生可能。 約30年の伝統ある製造業をつぶしたくないと判断した。
M 社長の約20年にわたるベンチャーキャピタルの成果は華々しい。 「3000人以上の社長に会い、取締役会に1000回以上出席した」という M に及ぶ専門家は少ないだろう。
日本でも需要が生まれるとにらみ、バイアウト市場にかじをとり始めたのは90年代後半。 これまで老舗靴下メーカーの F などに投資を実行した。
MKSらしさを発揮したのがこの F のケースだ。 「少量生産、高級品と非効率な事業を手掛ける企業」。
アパレル業界の有力者にこう指摘され、 M 社長は「 F 支援を決めた」と振り返る。 MKSは2003年6月に民事再生法適用を申請した F に対し、破綻前から支援の枠組みを準備するプレパッケージ方式を採った。
企業価値の殴損を最小限に抑えられる利点に着目した。 法的手続きの傍ら、長年続く取引先との関係を温存するには不可欠な手法と考えた。
MKSは支援決定後、ただちにライセンス契約先に契約継続を働き掛けるなど、素早く対応した。 縦割りの組織を簡素化し、欠けていた社員間のコミュニケーションも徹底した。
新ブランドを本格展開するなど改革は着々と進んでいる。 F の社長に I 出身のカリスマバイヤー、F を招へいしたのも目を引いた。

F は「財務戦略の立案遂行にとどまらず、しつこく現場に顔を出してくれる」と親身になったMKSの支援体制に舌を巻く。 自ら歩く広告塔としてメディアにも積極的に登場してきた F だが、05年春、 F 社長から副会長に退くことになった。

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